YOSHIDA designworks

Brand Storyヴレアソン

ブランドストーリー VREASON編

誰かの日常を彩るために生まれるレザーグッズ、
それらを創り出すひたむきな職人達の物語。


ちょっとした『変化』が開く、
未だ知らない大きな『とびら』。

A little something could open
the large door in the future.


彼女はとある駅前のファミリーレストランのアルバイト店員、嫌いな仕事ではないけれど大きな情熱を注いでいるわけではない。でももう10年近くここで働いている。

29歳。
いつの間にか連絡を取らなくなった恋人がいる。
もしくは、いた。
少ないが、長い付き合いの友人がいるし、時々飲み会にも参加する。
充実している気もするが、何かが欠けている気もする。

以前は海外勤務に憧れて英会話学校にも通っていたが、一年もしないうちにやめていた。
それから明確な夢は無いけれど、何かを変えなければと漠然といつも考えている。

色々と考えては、寝て目覚めると日々のルーティーンが始まってしまう毎日を送っている。

シフトによっては1日のかなりの時間を残して帰宅できる事は今の仕事の大きなメリットの一つだ。
今日も夕方だがまだ空は明るい。

彼女はふと思った、いつもとは違う道で帰ってみよう。

今は晴れているが、午後は雨だったので店は客足がまばらだった。体力もしっかりと残っている。
店を出た彼女は大通りを行き歩道橋を渡る駅までの最短ルートを迂回して、少し遠回りすると決めた。そしていつものお気に入りのイヤホンを付けるのをやめてバッグにしまった。

すぐに小川に沿った路地に入った。小さな公園がそこにあるのは以前から知っていた。春になると大きな桜の木が周辺を彩るので、この辺りではちょっとした名所だった。

中程にある、まだ咲いていない桜の木の幹を避けながら公園を横切った。
地面に残った無数の小さな水溜まりが、夕焼けを反射して心地よく眩しい。

ここから先は歩いたことがない。微細な心の振動を感じる。

下町情緒あふれる道を、このまま真っ直ぐ進めば古びたアーケードに入るがどうしたものか。
静かな商店街。決して賑わっているとは言えない。買い物客ではない単なる通行人がちらほら出てくる。
まあいい、帰ってすぐにする事もないし商店街なんて久しぶり。懐かしいものが何か見られるかもしれない。

敷き詰められたタイル、清潔なアーケード。決して荒れているわけではない。でも本当に静かな商店街。閉まっているシャッターも多いし結構奥まで続いているが、やっぱり興味がそそられるようなものは無さそうだ。

これ以上行くと駅が遠くなりすぎる。小さな冒険を終え、そろそろ引き返そうと考えた瞬間、かすかに聞こえた、普段は聞き慣れない『音』。

何かをたたく音。壊す音ではない。もっと優しく何かをたたく音。

とんとんとん。

近づくとだんだんはっきり聞こえる、規則的で、でも機械的ではない、確かに人が何かをたたく音。金属ではない。木だと思う。

とんとんとんとん。

彼女は音の出どころを見つけた。
少し先の左側の建物からだ。

近づくとそのビルの清潔な白い壁にはレンガがあしらわれている。洋風の鉄製の大きな門があり、中には二階への階段とレトロなランプが下がっているのが見える。ランプは灯ってはいないが何とも言えない存在感があった。昔からここにあり、これからもずっとここにあり続けるのだろう。

見上げるとアーケードで最上階は見えないが、2階部分の外壁に大きなタペストリーがかかっている。ブランド名だろう。ヴレアゾン。

『VREASON』

鉄製の門の隣には木製の大きな扉があった。ここが一階への入り口になっている。さらにその隣には大きな窓が3つある。
そこから音の正体は容易に分かりそうだ。覗いてみた。

3つある窓一つにつき一台のミシンが並んでいた。今は誰も座ってはいない。
その奥には数人が作業しているのが見えた。何かを作っている。
見つけた。あの音は一人の女性が木槌で机の上の何かをたたいている音だった。

その他にもさまざまな作業の種類が見える。みんな素早く手を動かしている。
ある人は前から取ったものにテープを貼り右に積む。
ある人は右から取ったものに線を引き、左のカゴに入れている。
作業はバラバラなのにまるでダンスグループのようにリズムが揃って見えた。

この人達は職人さんだ。
すぐに分かった。教室のような類ではない、プロの動きだ。

木槌で何かをたたいていた女性が立ち上がり、窓の前まできてミシンに座った。
彼女の正面だ。よく見える。ガラスを挟んでも1m程度だ。
女性は手際よく糸をセットした。木槌でたたいた何かが入っているカゴを傍に置き、一つ取り出した。

たぶん革だ。革小物を作っている。財布だと思う。綺麗な革だ。こんなの見たことが無い。白い花柄の輪郭に輝きがあしらわれている。

花柄の財布は完成しかけていた。あとは仮止めされたファスナーを縫い付けるだけだ。

女性は縫い始めた。針が真っ直ぐに走る。あっという間に一辺が縫い終わり、膝横のレバーを使いカーブを済ませ、次の一辺へ。瞬く間にL字に縫い終わり、ハサミで糸を切り、すぐに次のひとつが取り出された。女性職人は小さな全身を使ってきびきびと動いた。

正確でリズミカル。美しい。
彼女はそう思った。

木槌でたたいていたのは縫製前に厚みを整える作業だった。いわゆる下準備だ。

女性職人は自分と変わらない年齢に見える。
その女性職人の隣のミシンに今度はかなり年配で白い口髭が印象的な男性職人が座った。彼は少しの間、女性職人の縫製を後ろで優しく見守っていた。
彼女には70歳前後に見えたが、もちろん定かではない。
腕まくりした両腕を使い慣れた手つきで糸がセットされた。早い。とても老人の動きには見えない。腰に巻いたデニムのエプロンはいかにも彼のためのもの、かっこいい。
横のカゴから何かを取り出した。

女性職人と同じものだった。

綺麗な財布。
彼女はもう一度思い、今度は呟いた。

ミシンがスタートする刹那、突然 老職人が顔を上げ窓越しの彼女を見た。
深いシワが刻まれた男性の顔は、優しく彼女に微笑んだ。

すぐに視線は手元の財布に戻され、職人は器用にL字型にファスナーを革に縫い付けた。正確で素早い動作だった。そして次の財布、そして次。

一体どれくらいの時間ここで立って見ていたのだろう。少し暗くなってきた気がする。
人が仕事をしているのを見るのに、こんなに魅力的に感じたことはなかった。

芸能やスポーツならいざ知らず、彼らは見せるために仕事をしているのではない。
それなのになぜこんなに気持ちが熱くなるのだろう。彼らには日常だろうが、彼女にとっては立派なショータイムだった。

彼女は心の芯が震えている気がした。そして思い立ってしまった。

しかし思い直す。ちょっと待って、バカげている。
どこにもスタッフ募集などと書いていない。もちろん今日は履歴書なんて持っていない。
今 飛び込んで一体何を言うのか。どう考えても怪しい人だ。
一度帰ってメールなり、電話なりで求人募集していますかと確認すればいい。これからもレストランのシフトが入っている。またすぐ来れる。いつでも。急ぐ必要などない。

彼女は来た道を戻るため歩き出した。
その時、ふいに門の中のランプが灯った。タイマー式だろう。

彼女は立ち止まり見上げた。ライトの暖かい灯りをしばらく見つめ続けていた。

そして目を少しだけ大きく開いた。

彼女は静かに振り返り、歩みを進め、深呼吸した。
そして大きな扉の取手を力強く握りしめた。

FinFiction ? or Maybe your story.


対の物語

ブランドストーリー BUONA Cuir編を読む


URL https://www.yoshida-designworks.com